【VS.骨董商】「今日は私の宝物をご紹介しましょう。将棋の駒。何の変哲もないように見えますけど実はここに血痕が付いてるんです。それから数式の書かれたメモ用紙。ファルコンの定理といってまだ誰も解いた人のいない大変難しい数式なんです。まだまだあります。エキサイト君のキーホルダー、壊れたカスタネット、そして古くなったリンゴ。どれも私が扱った事件の証拠品です。
そう、宝物なんて物は本人にとっては大事でも他の人から見れば何の価値もなかったりするんです。こんながらくたでも私には大変大事な思い出が詰まってるんです。10万積まれたって人には渡せません。100万だって…100万ならちょっと考えます」
データ
あらすじ+人物相関図
骨董商・春峯堂のご主人は、美術館館長・永井薫と結託し、贋作の『慶長の壺』を真作と鑑定する。だがそれは、陶芸家・川北百漢が2人を告発するために作った壺であった。本物の慶長の壺は彼が所持しており、春峯堂が協会の理事を辞任しなければ、偽りの鑑定をした件を新聞社に話すという。
春峯堂は、川北の工房で彼を射殺すると、真作の慶長の壺を持ち出した。永井が強盗の犯行に偽装している間、春峯堂は競売に参加してアリバイを作った。単純な物取りの犯行にするつもりだったが、永井は川北の作品を盗んでおり、古畑任三郎から骨董に詳しい人物の犯行だと怪しまれてしまう。
永井は事件のことを自首しようとすると、春峯堂は彼を自殺に見せかけて殺害する。永井が館長を務めている美術館には川北の作品が隠されていた為、すべての罪を永井に擦り付けたのだった。
人物紹介(キャスト)
今回の犯人:春峯堂のご主人(しゅんぽうどう)
役者:澤村藤十郎
職業:骨董商
殺害方法:川北百漢(銃殺) / 永井薫(斬殺:日本刀)
動機:口封じのため
今回の共犯:永井薫
役者:角野卓造
職業:美術館館長
今回の被害者:川北百漢(かわきた ひゃっかん)
役者:夢路いとし
職業:陶芸家
犯行計画/トリック
【物取りの犯行に偽装。その後、共犯者の永井に罪を擦り付ける】
①春峯堂のご主人は、川北百漢の工房で彼を射殺する。本物の『慶長の壺』を盗み出した。その間、永井薫は工房内を荒らす。財布から現金を抜き取り、置時計の時刻を20:30に進め、テーブルに打ち付けて時間を止めた。
②春峯堂は武蔵野美術館で行われる、美術クラブの競りに参加する。永井に、川北の工房から20:00に電話するように促した。永井は、自身が館長を務める錦織美術館に戻ると、部下の女性から整理する書類を預かり「資料室にいる」と、部屋にカギを掛けて窓から抜け出した。
③永井は川北の工房に向かう。そこで、川北の作品を盗んでしまい20:00の電話に遅れてしまった。春峯堂は時間を調整するため『三耳壺』を競り落とした。20時過ぎに川北に成り済ました永井から、美術クラブに電話が入る。これでこの時間、川北が生きていたことになる。永井はその後、外側から工房の窓ガラスを割りカギを開ける。ガラスを割って侵入したように見せかけた。
④永井が川北の作品を盗み出したことで、骨董品に詳しい人物が事件に関与していると思われた。盗み出した作品は美術館の倉庫に隠している。永井は、アリバイがないことから警察に自供しようとしたため、春峯堂は彼を自殺に見せかけて殺害。全ての罪を永井に擦り付けた。
※永井殺害の際には、贋作の『慶長の壺』があったにも関わらず、本物の慶長の壺を使用して、永井を殴り壺を破壊していた。贋作ではなく、なぜ本物を破壊したのかが本作の魅力の1つである。
推理と捜査(第2幕まで)
視聴者への挑戦状
「えー、もし私の推理が正しければ、春峯堂のご主人はある決定的なミスを犯しました。ヒントはこの壺の名前と形です。「うずくまる」……、古畑任三郎でした」
三幕構成
小ネタ・補足・元ネタ
〇「春峯堂」の由来は1934年『春峯庵事件』という入札会の商品が全て贋作だった事件から。
「慶長の壺」は1960年『永仁の壺事件』で重要文化財に指定されたが贋作だった事件から。
〇『慶長の壺』…戦国時代の吉田織部が太閤秀吉に献上した壺。大坂夏の陣で、城と共に焼け落ちたとされてきたが、川北百漢が倉敷の骨董店で偶然にも発見していた。約400年ぶりの発見とされているが、架空の壺である。
〇永井薫が館長を務める「錦織美術館」は『専門学校東京ビジュアルアーツ』がロケ地だと思われる。美術館の入り口と学校の正門が酷似しており、立地や風景も似ている。
〇アヴァンタイトルで古畑が、事件で扱った大切な宝物として『壊れたカスタネット』を挙げている。1999年1月3日放送された『古畑任三郎 vs SMAP』で、作中の犯人・稲垣吾郎が所持していた物である。「動機の鑑定」は1996年2月21日放送のため先取りした演出である
〇Yahoo!で「しゅんぽうどう」と検索すると、『春峰堂のご主人』と推測変換がされる。実際は「峰」ではなく「峯」が正しい表記である。なお、シリーズ中で唯一名前がない犯人である。
〇『捨て目がきく』とは? 春峯堂のご主人によると、「あらゆる物を見逃さない能力」とだけ言及されているが、鑑定士・中島誠之助氏の著書によると、こう書かれている。
見ずとも見ていること、これが捨て目です。骨董商たる者、お客様の応接室にいようと雑踏のなかを歩いていようと、つねに心の一部は自分の商売のためになる事柄を求めて、心眼を凝視していなければいけません。(中略)
要するに骨董商は夢の多い商売で、いつどこに何が転がっているかわかりませんから、ボーッとしていないで、つねに気を張っていろということです。
中島誠之助著『南青山骨董通り』P.244より引用
またP.184には、誠之助氏の父親が、「お前たちは捨て目が利かないから駄目だ」との言葉を贈っていたと、例を交えて思い出を綴っている。本著書には、競りの掛け声なども説明がある。
〇加藤昌治 著『考具』読むと、捨て目が利くとは『カラーバス効果』の一種だと思われる。
何色でも構いません。例えば「今日は赤だ!」と決めます。すると「今日は赤いクルマが多いなぁ」……何だかよく分からないけど妙に赤いクルマが目につくんです。屋外看板広告も赤いのが目に入る。これがカラーバス効果。(中略)
これは色に限りません。自分が気になっていることに関する情報ってなぜか向こうから自分の目に飛び込んでくる気がします。そんな経験はないですか? わたしたちの頭や脳は「これが知りたいな」となかば無意識に思っていることを命令として捉えているのかもしれません。
加藤昌治 著『考具』P.44より引用
まとめ
古畑任三郎で評価が高いエピソードです。その理由としては『メッセージ性の高さ』があります。今作品のテーマは『物の価値』です。アヴァンタイトルでありましたが、「本人にとっては大事でも他の人から見れば何の価値もなかったりする」との台詞がありましたね。物語としても面白さに加え、視聴者が心に残るメッセージを感じることで、より作品が印象深いものに変わっていくのです。
テーマは、物語を構築するための土台なのだ。テーマは脚本の核であり、心臓であり、魂なのだ。つまりこういうことだ。あなたが書く脚本の中にあるほとんどの場面は、そして登場人物は、会話は、そして映像は、テーマを反映するべきなのだ。
あなたが書く物語というものは、単にそのテーマを見せるために必要な環境を創造するための道具に過ぎないのだ。だから、ほとんどの脚本家は、執筆を始める前にテーマを固める。言いたいことがはっきり理解できれば、その物語に従属するものが何で、関係ないものは何かが明確になる。【「感情」から書く脚本術 著:カール・イグレシアス P69より引用】
犯人が最後にとった選択『なぜ偽物の壺ではなく、本物の壺を割ったのか?』古畑は、犯人が目利きの能力が無く、間違って本物を割ってしまったと推理をしました。しかし、ちゃんと犯人は本物と分かっていて壺を割ったんです。ここで、先程のテーマ『物の価値』が出てくるんですね。
犯人が最後に語る説得力のある答え、立ち振る舞いは何度見ても魅力的です。切れ者の古畑任三郎でさえ見抜くことができなかった、犯人側の深い心理というアクセントが効いてますね。
また、今作品では『骨董』の世界が中心になっており、古畑任三郎は初めてだらけで捜査を開始しました。徐々に知らなかった知識を身に着けていき、犯人からもその努力を認められ「よく勉強されましたね」と賛辞を贈られます。(刑事コロンボ『別れのワイン』を意識していると思われる)
見ている視聴者側にも、骨董についてはそこまで詳しい方がおられないのではないでしょうか? わたしも何でも鑑定団をたまに視聴する程度です。知らないことが分かると楽しいですし、面白いですよね。
ドラマには「代理経験」の側面がありますで、未知の領域を知ることができる面白さもこのエピソードにはあります。
以上、『動機の鑑定』でした。