刑事コロンボ 15話『溶ける糸』白衣の悪魔

刑事コロンボ 15話 溶ける糸

【VS.心臓外科医】コロンボを手こずらせた犯人として挙げられるのが、心臓外科医メイフィールドでしょう。自らの保身のために淡々と殺人を重ね、名誉のために恩師も殺す。コロンボの捜査に冷やかしを入れたり笑い飛ばしたり。このエピソードではコロンボが激怒します。

犯人に対しての苛立ちではありません。「他者の命がかかっているから」です。26話「自縛の紐」でも激怒します。溶ける糸では、早く解決をしなければ被害者が増えてしまう。自縛の紐では、夫人が精神的に追い詰められ死にそうになる。

コロンボが思わず声を荒げて怒鳴るのは、そのような結果になってしまったことへの自分の不甲斐なさからの怒りかも知れません。ところで、コロンボが激怒するエピソードには、どちらも「」がついていますね。堪忍袋の緒が切れるとは、まさにこのこと。

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データ

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脚本:シャール・ヘンドリックス

監督:ハイ・アヴァバック

制作::ディーン・ハーグローグ

ストーリー監修:ジャクスン・ギリス

音楽:ビリー・ゴールデンバーグ

本編時間:74分

公開日:アメリカ/1973年2月11日 日本/1974年6月8日

あらすじ

心臓外科医バリー・メイフィールドは、心臓外科の権威エドムンド・ハイデマン博士と共に、新薬の研究に取り組んでいた。すでに完成段階にあり、成果を公表したいメイフィールドだが、もう少し検証が必要だとハイデマンは固辞していた。ある日、ハイデマンは持病の心臓発作で病院に運ばれる。

メイフィールドは心臓手術の準備を始めると、看護師シャロン・マーチンは、研究成果を独占するため、博士を手術中に殺害するのではないかと疑いをもったが、無事に手術は成功する。だが手術台の下にある縫合糸が落ちているのを見つけ手に取ると、自分の準備した糸ではないことに気が付いた。

メイフィールドは、数日すると糸が溶け弁膜が離れるように吸収性の糸で縫合をしていたのだ。糸が溶けると心臓麻痺で死んだように見える。真相に気づかれたメイフィールドは、シャロンを待ち伏せして撲殺すると、彼女の自宅にモルヒネの瓶を隠す。麻薬の横流しをしていたように見せかけ、彼女は麻薬中毒患者によって殺害されたように偽装したのだ。

人物紹介(キャスト/吹き替え声優)

主犯今回の犯人:バリー・メイフィールドレナード・ニモイ

吹き替え声優:天田俊明(あまだ としあき)

職業:心臓外科医

殺害方法:①心臓麻痺(未遂:エドムンド・ハイデマン)
②撲殺(鉄パイプ:シャロン・マーチン)
③麻薬を注射(生死不明:ハリー・アレキザンダー)

動機:①研究結果の名誉独占
②口封じ
③シャロン殺害の罪を擦り付けるため

概要:詳しく見る
心臓外科医の男性。心臓外科の権威であるエドムンド・ハイデマン博士と共に、『移植による拒絶反応を抑える薬』の研究を行っていた。すでに完成段階にあり、その名誉を独占するため、ハイデマンの心臓手術中に縫合糸を吸収性の糸にすり替え、表向きには心臓麻痺で死ぬように仕組む。それを看護師シャロン・マーチンに見咎められると、彼女を撲殺。親交があった麻薬中毒患者ハリー・アレギザンダーまでも手にかけ、シャロン殺しの罪を擦り付けた。

ハイデマン博士から認められた優秀な心臓外科医だが、野心家で名誉欲が強い。研究結果を独占するために臨んだ犯行であったが、博士を慕うシャロン・マーチンに目をつけられてしまってからは、その後処理に追われることになった。

常に冷静に行動し、コロンボの執拗な捜査にも動じなかった。大抵の犯人はコロンボを最初は侮っているが、最初からやり手の刑事であると見抜き高く評価している。医者という職業でありながら刻々と殺人を積み重ねていく、冷酷な知性や性格はコロンボ警部をも激怒させた。


被害者今回の被害者①:エドムンド・ハイデマンウィル・ギア

吹き替え声優:巌金四郎(いわお きんしろう)

職業:心臓外科の権威

概要:詳しく見る
心臓外科医である男性。世界でも1、2位を争うほどの心臓外科の権威であるが、本人の持病も心臓病によるもの。今回のエピソードでは、一時的な心臓の発作を起こしたが、すぐに回復する。自分で血圧を測り診察を行っていた。手術を先延ばしにしていたようで、バリー・メイフィールドに手術するように促された。

メイフィールドと共同で、『移植による拒絶反応を抑える薬』の研究を行っていた。完成段階にあるが、もう1年は検査が必要であると判断する。研究を加速するため、ドイツの『ブレックマン』医師にも協力を仰ぎ、共同研究を行う約束をしていた。

メイフィールドが野心家であることも知っていたが、優秀な点では変わりがない。あくまでも世界中の医者と協力していき、1日も早くこの薬の完成を望んでいたのである。

病室嫌いなようで、入院生活を退屈にしていた。コロンボが病室に葉巻を吹かしながら現れた際には、「せっかく人間臭い人が来てくれたんだ」と笑顔で出迎えた。


被害者今回の被害者②:シャロン・マーチンアン・フランシス

吹き替え声優:翠準子(みどり じゅんこ)

職業:看護師

概要:詳しく見る
看護師の女性。ハイデマン博士を尊敬しているが、メイフィールドのことは嫌っている。野心家の彼が研究成果を独占するため、ハイデマンを手術中に殺害するかも知れないという疑いのまなざしをもって手術に臨むと、術後にメイフィールドが縫合糸を交換したことを気づいて見せた。(吸収性の糸は手触りと色が違うらしい)

友人曰く、「シャロンは外部思考型。他人の願望によって人間性に献身していた。天使みたいな人だった」とのこと。ちなみに、友人は結婚相手を探すべく整形外科の看護師になったが、彼女は病院に留まったようである。

ボランティア活動にも積極的に参加している。ベトナム帰還兵で麻薬中毒患者のハリー・アレギザンダーとは、麻薬患者更生の奉仕センターで出会ったようである。


被害者今回の被害者③:ハリー・アレキザンダージャレット・マーティン

吹き替え声優:津嘉山正種(つかやま まさね)

職業:ベトナム帰還兵

概要:詳しく見る
左利きのベトナム帰還兵の男性。麻薬中毒だった過去があり、戦争から帰還した兵士の多くは、『PTSD:心的外傷後ストレス障害』に悩まされている。そのため、麻薬による心の安定を図っていたのだろう。彼の場合も、モルヒネやマリファナを使用し施設に入所していた。

だが、ボランティアで来ていたシャロン・マーチンと会話を重ねていくうちに麻薬を断ち、遊園地にある動物エリアの飼育/餌やりを担当するまでに回復した。彼女に交際を申し込んでいたが、「これ以上頼るのは、医者に通うみたいでいつまでも独立できない」と、やんわり拒否されてしまっていた。

元麻薬患者でシャロンと親交があったことをバリー・メイフィールドに利用され、シャロン殺しの罪を擦り付けようと、帰宅したところで麻薬を注射される。意識朦朧となり階段から転落したようだが、その後の生死は不明である。

小ネタ・補足

〇研究をしていた『移植による拒絶反応を抑える薬』は、この時代は夢のような薬である。拒絶反応を抑えるには、『ステロイド剤』の大量投与によるものが主流であり、副作用として消化器官への出血、重篤な合併症にかかる移植患者も多くはなかったようだ。そんな拒絶反応を抑える薬が誕生するのは、1990年後期からであり、このエピソードから20年後の出来事になる。

〇バリー・メイフィールドを演じた『レナード・ニモイ』氏の代表作は、『スタートレック』シリーズの『ミスター・スポック』である。感情を表さないなキャラとして描かれており、犯人メイフィールドも冷静なキャラ。この性格を事件解決の詰め手に用いているなど、視聴者への先入観を用いたメタ的な演出である。

コロンボ警部が激怒することが有名なエピソードであるが、これは吹き替え版だけの演出である。ピーター・フォーク氏が演じるコロンボ警部は、実際は声を抑えに抑えつつ静かに相手に語り掛けている。『小池朝雄』氏のドスの聞いた声、ピーターの渋みのある声……、 録画した方やBlu-rayを所有している方は、是非見比べてみてね!

まとめ

コロンボ警部が初めて激怒するエピソードなんですね。「おいおい、ちょっと待ってくれ。殺人処方箋でも怒ってたじゃないか?」と、勘違いされている方も多いと思われます。コロンボ役のピーター・フォーク自身も、殺人処方箋で怒鳴ったと勘違いしていると原作者は指摘しています。

「ピーターの俳優としてのプライドがそうさせたのかもしれない。私は、それは誤ってると思っている。ピーターは、コロンボがすでにデビュー作(『殺人処方箋』でコロンボがジョーン・ハドソンを怒鳴る場面)で短気になっていると指摘してきた。確かに、コロンボは怒ったように見えるだろう。でも違うんだ。それは彼女の反応を見るための、計算された行動だったのだ」『刑事コロンボの秘密』P.143より引用

殺人処方箋での怒鳴りは、共犯者の反応を見るための計算された行動だと、コロンボの生みの親であるリチャード・レビンソンが語っています。今エピソードの『溶ける糸』では、計算なしで嫌悪感をさらけ出した初めてのコロンボなのです。原作者としては、敵意をむき出しにして怒るのはあまり気に入らないとも書かれていました。

ただ、普段怒らない人が怒ると怖いですよね。冷酷非道な犯罪者であるバリー・メイフィールド。仮にも医者である彼に見せた、コロンボ警部が怒る場面は印象に残るエピソードです。そして、なんといってもラストの決着劇。あの大逆転は見事でございました。

以上、15話「溶ける糸」でした。

  1. 緊迫感のあるこのエピソードはコロンボファンの誰もがトップ10、いやトップ5に入れているかもしれません。

    ただひとつだけ不服な点がハリーの描写です。
    何度も見返しましたが死んだとは言及されてないんです。
    そもそもモルヒネを打たれて意識が朦朧としたからといって外に出て階段から転落するとは限りません。
    殺害目的だったとするならかなり不確実です。

    死亡したかかろうじて生きているか、そこをハッキリさせればもっと価値が上がったエピソードな気がします。

  2. ≫ただひとつだけ不服な点がハリーの描写
     描写がなく生存が曖昧になってますよね。ノベライズ版『溶ける糸』P.191によると、階段下の石畳みに頭から転落し、頭部を打ち付けて死亡してしまいます。

  3. 個人的に二枚のドガの絵とならんで好きなエピソードです。
    犯人のメイフィールド役のレナード・ニモイのインパクトが凄いですね。
    古畑みたいに当て書きで脚本を書いたとしか思えないほどハマり役です。
    恐らくラストの決め手から逆算して作った結果がこの配役でしょう。

    またシーズン屈指の強敵とのバチバチの対決は非常にスリリングです。
    追い詰められても最後の最後まで抵抗した本当にしぶとい犯人でした。
    本来の目的とは関係ない人物を2人も犠牲にしても追求に笑っていられる外道なので、
    コロンボ警部が本気で怒るのは当然だしそれでも尚挑発的な態度を保つ本当に強烈な犯人像です。

  4. トロント様
    ≫個人的に二枚のドガの絵とならんで好きなエピソード
     『意外な証拠の隠し場所』が見事ですよね! 一瞬で勝負が決着する緊迫感が伝わります。

    ≫当て書きで脚本を書いたとしか思えない
    ≫逆算して作った結果
     理性的で感情を排したミスター・スポックで有名なレナード・ニモイ氏。そのキャラ設定を活かした外科医の配役であり、それが決め手に活かされるのは面白いですよね。本当にたぶん当て書きな気がします!

    ≫コロンボ警部が本気で怒るのは当然だしそれでも尚挑発的な態度を保つ本当に強烈な犯人像
     本来はハイデマン医師を殺害するつもりが、どんどんと脱線していきと関係のない人物を2人も殺害してしまう。私利私欲でための犯行であり、コロンボ警部の捜査に対してもふてぶてしく笑う。軸がぶれない分ボロも少なくとっても手ごわい名犯人でした。