【VS.歌舞伎役者】「新しい機械を買った時には必ず説明書を読んでください、少なくとも3回。箱から出す前とセットした後と、寝る前に。一晩置くのがポイントです。気を付けなければならないのは、外国製の機械で……」
データ
あらすじ+人物相関図
歌舞伎役者・中村右近は、飛び出してきた老婆を車ではねて死亡させていた。その時に同乗していたのが、守衛・野崎であった。右近は野崎に対し、金銭を支払い口止めを強要した。しかし、野崎は良心の呵責が限界に達し、この件を警察に自首すると話す。
右近は、野崎を止めようと口論になり、つい彼を突き飛ばしてしまう。野崎はテーブルに後頭部をぶつけて死亡してしまった。右近は歌舞伎の舞台に出演する。演目終了後、右近は野崎の遺体を『すっぽん』を使い、奈落から舞台へと移動。天井のすのこからの転落死に偽装したのだった。
その後、コンビニから買ってきたお茶漬けを楽屋で食べ終える頃には、警察のサイレンが聞こえた。その場を立ち去ろうとする右近であったが、通路を抜ける際に捜査に来ていた古畑とばったり遭遇してしまったのだった。
人物紹介(キャスト)
今回の犯人:中村右近(なかむら うこん)
役者:堺正章(さかい まさあき)
職業:歌舞伎役者
殺害方法:頭部外傷
動機:過失致死
今回の被害者:野崎(のざき)
役者:きたろう
職業:守衛
犯行計画
【転落による事故死に偽装】※すのこ:天井にある細い通路。照明のつりこみや、芝居によっては雪を降らせたり、桜の花びらを撒いたりする。
①中村右近は、自身の楽屋で野崎と口論になり、誤って殺害してしまう。遺体は楽屋に隠し、演目『義経千本桜』に出演する。終了後、歌舞伎劇場の窓のカギを開けておく。車でコンビニに向かい、お茶漬けとご飯を購入。誰にも見つからないよう、先程カギを開けた箇所から劇場内に侵入する。
②楽屋から野崎の遺体を、奈落にあるすっぽんを使用し舞台上に運びだす。遺体をすのこの真下に移動すると、靴と帽子を外す。腕時計を床に打ち付け壊し、23:35で止まった。これが死亡推定時刻だと思わせる。
③野崎はテーブルに後頭部をぶつけて死亡した。それを、すのこから転落して事故死したように偽装できた。なぜ、すのこに上がったのかは、野良猫が住み着いてしまった為、捕獲するように頼んでおいたと説明する。右近は偽装工作後、楽屋でお茶漬けを食べ、犯行現場から立ち去る。
視聴者への挑戦状
「中村右近はある決定的なミスを犯しました。彼はあたかもやったのは自分だと言わんばかりの証拠をここに残していきました。ヒントは、この『すっぽん』の仕組みにあります。なんだかお分かりになりますか?たぶん分からないでしょう。ま、考えてみてください。古畑任三郎でした」
三幕構成
元ネタ・小ネタ・補足
〇10:25~古畑任三郎が自販機にお金を入れたが反応せず、中村右近と一緒に自販機を叩いて直そうとする場面がある。刑事コロンボ 54話『華麗なる罠』で、コロンボの同僚が自販機にお金を入れたが反応せず、コロンボが叩いて直そうとする場面がある。
〇ノベライズ版『古畑任三郎』によると、中村右近と野崎は遊び仲間である。3日前に遊び仲間と共に自宅で麻雀大会を開いていた。帰りの際、右近が運転する車に野崎が同乗し、飛び出してきた老婆を轢き逃げしてしまっていた。口止めの金銭は20万円だそうである。
〇6代目中村右近は、『中村屋』を元にしていると思われる。『中村座』『市村座』『森田座』は幕府から興行特権を認められていた江戸の三大歌舞伎劇場であり、代々相伝する名跡と座号である。また、関係ないかもしれないが、歌舞伎で6代目と言うと通常は、演劇の神とも称された『尾上菊五郎』を指す。それにあやかり6代目と付けた?
〇中村右近が古畑の推理によって犯行を認める際、「この上は是非に及ばず、か」と台詞を発する。織田信長が本能寺において、明智光秀が謀反をしたと聞いたときに発言したとされている。
『是(よしとする)非(あらざることとする)に及ばず(そこまでする必要がない)』、良し悪しなど判断する必要がない。もう既に議論する必要・余裕・暇がないという考え。
まとめ
脚本製作上、第1作目に完成した作品です。田村正和さんは、刑事ドラマということで出演を固辞していたのですが、この脚本を見て出演をオファーしたようです。そのため、今泉慎太郎と古畑任三郎が初めてあったような会話をしていたりしており、実質の1話にあたるエピソードになっています。
『処女作にはその作家の全てが詰まっている』、とは創作の界隈ではよく言われる言葉でありまして、刑事VS犯人の対決感が満載になっております。(三谷幸喜氏の倒叙形式の初作品は『やっぱり猫が好き殺人事件』ですが)
犯人役に堺正章さんが高配です。ミスター隠し芸の面目躍如といったところでありまして、歌舞伎のシーンもあるのですが、見事に演じきっております。また、古畑との丁々発止のやりとりは、やや演技ががった台詞や動作などは思わず、『よ、中村屋!』と合いの手を入れたくなる素晴らしさです。
1話では女性に対して紳士的に接していた古畑ですが、このエピソードでは小憎たらしいほど悪い古畑を満喫することができます。中盤に懐中電灯を巡る攻防があるのですが、罠に次ぐ罠であり、ここまで意地悪な古畑は中々お目にはかかれません。
なんといってもこのエピソードで忘れられないのは、犯人はなぜ早々と立ち去らずに『お茶漬けを楽屋で食べていたのか?』にあります。この理由により、犯人の内面というのが強調され、より味深い人物像が浮かび上がりました。
以上、『動く死体』でした。