『古畑任三郎』第1シーズン第7話「殺人リハーサル」の犯人である時代劇俳優・大宮十四郎(小林稔侍)は、なぜ犯行現場となる舞台セットに、ファンからもらった写真を捨てたのでしょうか?
撮影所の伝統と歴史を誰よりも愛していたはずの大宮ですが、その場所を「ゴミ(写真)」で汚す行為には、一見すると大きな矛盾を感じました。
本記事では、この不可解な行動に隠された、元ネタとされる作品のオマージュや、大宮が抱いていた「殺人者としての決意」について深く、それらしく考察していきます。
※本記事は物語の核心に触れるネタバレを含みます。ご注意ください。
「殺人リハーサル」のあらすじと犯行の背景

舞台となるのは『日本キネマ撮影所』。亡くなった先代社長から時代劇撮影所を引き継いで二代目社長となったのが城田晴彦(長谷川初範)です。
彼は多角経営に失敗したことから多額の借金を抱えており、それを埋めるために撮影所を取り壊す計画を進めていました。
看板俳優である大宮十四郎は、スタッフ全員の思いが込められた嘆願書を手渡し、撮影所を閉鎖する計画の白紙撤回を求めるのですが、城田の意思は変わりません。
そこで、殺陣のリハーサルを利用し、小道具の刀を真剣にすり替え、事故を装って城田を斬殺する計画を実行に移します。
時代劇スター・大宮十四郎という男

大宮十四郎は昭和38年公開『忠治、故郷へ帰る』で初主演を務めて以来、撮影所を代表する看板俳優となりました。作中の言動などから以下のような人柄と性格が見えてきます。
- スタッフからの絶大な信頼: 誰もが大宮による計画的な犯行とは思いたくはなく、あくまで『事故』だと言い聞かせているような雰囲気です。そして小道具係・山本は、自らが「刀のすり替え」をしたと名乗り身代わりになろうとするほどでした。
- プロとしてのこだわり: 大道具係によると「美術や小道具にすごくこだわる」と語っており、完璧主義者な一面が見られます。
- 時代劇についての見解:大宮は「時代劇は金がかかるが儲けが少ない」という現実を理解しつつも、「時代劇の灯を消してはならない」という確固たる信念を持っていました。
これほどまでに時代劇を愛しこだわり抜く男が、なぜ舞台セットに写真を捨ててしまったのでしょうか。撮影所を大切に思っているわりに、およそ彼らしくない矛盾がある行動だと思ったのが、本記事での出発点でした。
元ネタ:刑事コロンボ『逆転の構図』との共通点

「犯行現場となる場所で犯人自身がポラロイドカメラの写真を捨てる」という流れは、刑事コロンボ27話『逆転の構図』からの影響を受けていると思われます。
写真家の犯人は、偽装誘拐事件を演出するため、被害者をポラロイドカメラで撮影するのですが、写真家としてのプライド(こだわり)から構図が気に入らず、無意識的に撮影した写真を捨てて撮り直すのです。結果的にコロンボ警部から事件を疑われるきっかけになります。
古畑任三郎も同じく、「わざわざ犯人が犯行現場となる場所にポラロイドカメラの写真を捨てた」ことから事件を疑われるきっかけになります。
大宮の楽屋には、プロにより撮られたスチール写真が確認できる範囲で27枚が飾られており、その内『丘の上+刀を構える+月が見える』という捨てた写真と同条件の物が7枚ありました。
一方、大宮が犯行現場となる場所に捨てたのは、ファンから不意に撮られた素人写真です。
大宮は役者として改まってポージングしていたわけではありませんので、時代劇俳優のプライド(こだわり)として完璧な構図でなかった写真は、彼にとって残す価値のないものだったとすると、まぁまぁ説得力はあるのではないでしょうか。
考察:なぜ写真を捨てた?「過去の自分」との決別という深層心理

しかし、大宮は撮影所に対して並々ならぬ愛情があります。
いくら写真が気に入らないからといって、大切な舞台セットに写真を捨てていくのは不自然です。なによりリハーサルまで時間があるため、持ち帰って楽屋で処分する選択肢もあったはずです。
ここに、より深い心理的要因が隠されているのではないでしょうか。
「捨てないと物語が進まないからだよ!」と言って、写真のように問いを投げ捨ててしまわずに、それらしい理由を考察していきます。
退路を断つ「決別の儀式」
心理学的なテーマで考えると、背水の陣みたいな『決別の儀式』だと仮定します。直前で大きな決断をする者は、自ら退路を断つことで逃げ道を封じることがあるのです。
大宮の場合、ファンから撮られた写真は『丘の上+刀を構える+月が見える』構図であり、彼の原点でもある初主演作品『忠治、故郷へ帰る』を彷彿とさせ、楽屋にも多数飾っているお気に入りの場面です。
ファンから役者としての大宮十四郎を撮影されるという行為自体、彼にとって「過去(時代劇俳優としての自分)」の出来事です。
その写真を血で汚れる現場に投げ捨てるという行為は、役者・大宮十四郎を自らの手で葬り、これから「現実(殺人者)」として、必ず計画を完遂するために決意だったのではないでしょうか。
偽物の丘の上、偽物の殺陣、偽物の刀を持った切られ役。その中でただ一人、役者を捨てた大宮十四郎だけが本物の刀を持った殺人者として舞台に立ったのであります。
5. 動機の焦点:撮影所よりも守りたかったもの

改めて動機を考えていくと、大宮が命に代えてでも守りたかったものは、時代劇撮影所そのものではなく、撮影所に宿る『人々の誇り』です。
大宮は「時代劇は儲けが少ない商売」と充分に理解をしております。そして、多角経営に失敗して借金のある御曹司・城田晴彦にとっても、金にならない撮影所閉鎖はやむを得ない選択でありました。
それに城田を殺しても、撮影所の閉鎖計画が止まるとは思いません。借金もあるし、悲劇な事故というスキャンダルだとしても映画公開は遅延してしまいます。
互いにすれ違いはあるものの、大宮に殺意が芽生えたのは、城田が撮影所を閉鎖する計画を進めたからではなく、城田が「スタッフの思いが込められた嘆願書」を読みもせずにゴミ箱に捨てた瞬間だと思います。
大宮は「撮影所は来年で40年になるとも」話しており、撮影所やスタッフと共に歩んできた人生であることが分かります。
大宮が語っていた「灯を消すわけにはいかない歴史・伝統」とは、時代劇撮影所そのものではなく、繰り返しになりますが『撮影所に宿る精神(携わる人々の心)』だったのです。
城田はそのような背景も理解しようとせず、取るに足らないと「スタッフ全員の思いが込められた嘆願書(心)」をゴミ箱に捨て去ります。
そのような軽率な行為への大宮の怒りが、撮影所の存続という目的を上回ってしまったからに他なりません。
つまり大宮による犯行は「撮影所を守る」ことが目的ではなく、城田に対する「復讐」が動機だったと理解することができます。
このようなことから、どうあがいても取り壊されるであろう、かつて自分にとって神聖だった舞台セットは血で汚れてしまうし、ゴミを捨てたとしてもいい。
そんな線引きがひとまず成立するのではないでしょうか。
「月」を動かした理由
どうあがいても取り壊される神聖な撮影所(舞台セット)を血で汚す覚悟を決め、時代劇俳優としての過去の自分を写した写真を捨てることで決意を固める。そして彼は犯行時に返り血を多量に浴びていました。
外面的には血で汚れてしまったわけですが、その心の中にある自らの思い出の象徴である「月」だけは血で汚したくはなかったからこそ移動させたのです。
そして犯人にとっての『月』とは、「スタッフとの思い出」や「自らの原点」であり、彼が最後に語った「命に代えてでも守りたかったもの」象徴でもあります。
それだけは何があっても汚したくないという、彼の最後の矜持がそこに現れていたのです。
投げ捨てた写真の意味:古畑任三郎が拾った意味とは

大宮は殺人者になるため、舞台セットに時代劇俳優としての自分が映った写真を投げ捨てることで決意を固めたと考えられます。
その写真は土に埋もれており、踏みつけられたような足跡もあり、誰からも手入れされていないお墓のようにも見えました。
しかし犯行現場に訪れた古畑任三郎は、鑑識よりも先に埋もれていた写真を見出しています。
それはただの写真ではありますが、大宮十四郎が捨てた『役者としての心』という暗喩でもあり、大宮が打ち秘めていた心の内側を、事件をきっかけに古畑任三郎は改めて掘り起こしたのです。
その結果、大宮十四郎は孤独な殺人者ではなく、時代劇俳優・大宮十四郎としての心の内を話して罪を認めたのであります。
ところで、総集編『消えた古畑任三郎』において彼は、繰り返し古畑のことを「良い時代劇俳優になる」と語っています。
それは『撮影所に宿る人々の心』を守ろうとした自分を理解してくれ、時代劇俳優としての誇りを取り戻させてくれた者への最大限の賛辞であり、自分がこよなく愛した時代劇という世界に、古畑を招き入れたいという願いだったようにも感じました。
まとめ:ゴミとして捨てたのは何だったのか
城田晴彦はスタッフの「心」が込められた嘆願書をゴミとして捨てたのに対し、大宮十四郎はファンから撮影された「過去(役者としての自分)」の写真をゴミのように捨てました。
作り物の丘の上、作り物の殺陣(リハーサル)、模造刀を持った切られ役。すべてが偽物だらけでしたが、その中で役者を捨てた大宮十四郎だけは本物の殺人者として刀を持ち舞台に立ったのです。
大宮は血で染まりましたが、その犯行動機は『撮影所そのものに宿る精神』(携わる人々の思い、自らの思い出)』を守るための復讐であり、それらの象徴である「月」までを汚してしまうことはできませんでした。
その思いを秘めたまま、大宮は孤独な犯罪者としているつもりでいましたが、捨てたはずの時代劇俳優としての誇り(写真)を改めて拾い上げたのが古畑任三郎であり、「月」にまつわる背景も理解されました。
それにより犯人は、自ら捨てた誇り高き役者「大宮十四郎」を取り戻し、最後の大舞台での幕を引いたのであります。多分。
以上、【古畑任三郎『殺人リハーサル』考察|大宮十四郎が現場に写真を捨てた「真の意味」とは?】でした。


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