歌舞伎俳優が犯人であり、楽屋と劇場内が舞台となる事件であります。犯人役は堺正章さんであり、ミスター隠し芸の面目躍如の活躍で歌舞伎のシーンを見事に演じきっているのが素晴らしいです。古畑との丁々発止のやりとり、やや演技ががった台詞や動作などは思わず、『よ、中村屋!』と合いの手を入れたくなる役者っぷりでした。
データ
脚本:三谷幸喜
監督:関口静夫
制作:フジテレビ
演出:河野圭太
音楽:本間勇輔
本編時間:46分05秒
公開日:1994年4月20日
あらすじ+人物相関図
歌舞伎役者・中村右近(堺正章)は、飛び出してきた老婆を轢き逃げして死亡させていた。その時に同乗していたのが守衛・野崎(きたろう)である。金で口止めを強要したが、野崎は良心の呵責に耐えられず警察に自首すると話したため、口論になり突き飛ばすと後頭部がテーブルにぶつかり殺してしまった。右近は歌舞伎の演目終了後、遺体を『すっぽん』を使い奈落から舞台へと移動すると、天井のすのこからの転落死したように偽装したのだった。
人物紹介(キャスト)
今回の犯人:中村右近
役者:堺正章
概要:6代目中村右近を襲名した歌舞伎役者の男性。数日前、守衛・野崎を乗せた車を運転中に飛び出した老婆をはね死亡させてしまう。金銭を渡し口止めを強要したが警察に自首すると話す。そこで口論となり、誤って野崎を殺害してしまう。
殺害直後には演目『義経千本桜』で主役である『狐忠信』を見事に演じた。その後、再び偽装工作に転じるなど切り替えの早い人物である。
今回の被害者:野崎(のざき)
役者:きたろう
概要:歌舞伎劇場の守衛である男性。中村右近が老婆を轢き逃げしたことを黙認するように、金銭を渡されて口止めされていた。良心の呵責に耐えられなくなり金銭を返却すると、この一件を警察に自首する決意を固める。
小ネタ・補足
〇ノベライズ版『古畑任三郎』p.46[1]によると、中村右近と野崎は遊び仲間である。3日前に遊び仲間と共に自宅で麻雀大会を開いていた。帰りの際、右近が運転する車に野崎が同乗し、飛び出してきた老婆を轢き逃げしてしまっていた。口止めの金銭は20万円だそうである。
〇6代目中村右近は、『中村屋』を元にしていると思われる。『中村座』『市村座』『森田座』は幕府から興行特権を認められていた江戸の三大歌舞伎劇場で代々相伝する名跡と座号である。
○中村右近というキャラクターのイメージとしては、『ミステリマガジン 2022年5月号』によると[2]、中村勘三郎(当時:勘九郎)を意識し、言い回しなども勉強したと述べている。
〇中村右近が古畑の推理によって犯行を認める際、「この上は是非に及ばず、か」と台詞を発する。織田信長が本能寺において、明智光秀が謀反をしたと聞いたときに発言したとされている。
『是(よしとする)非(あらざることとする)に及ばず(そこまでする必要がない)』、良し悪しなど判断する必要がない。もう既に議論する必要・余裕・暇がないという考え。
刑事コロンボからのオマージュ
古畑任三郎 | 刑事コロンボ |
(1)シーズン1の2話 (2)真実を話そうとする被害者が部屋から出るのを阻止しようと、揉み合い末にテーブルに後頭部をぶつけさせる過失致死 (3)古畑が自販機で買ったコーヒーを犯人に渡す (4)古畑に誘導され、被害者の遺留品である懐中電灯を探す | 4話『指輪の爪あと』 (1)シーズン1の2話 (2)真実を話そうとする被害者が部屋から出るのを阻止しようと、揉み合いの末にガラステーブルに後頭部をぶつけさせる過失致死 (3)コロンボが自販機で買ったコーヒーを被害者の夫に渡す (4)コロンボに誘導され、被害者の遺留品であるコンタクトレンズを懐中電灯で探す。 |
古畑と警察がヒソヒソ話をしながら犯人を見る。犯人は疑われると思ってドキドキする。 | 42話『美食の報酬』 |
(1)すっぽんの安全装置 (2)特定の条件により犯人だと断言される。 | 16話『断たれた音』 (1)ゴミ処理機の安全装置 (2)特定の条件により犯人だと断言される |
まとめ
脚本上の第1作目に完成した作品です。古畑任三郎を演じた田村正和氏は、刑事ドラマの出演は断固拒否していたようですが[3]、そこで諦めず、普通の刑事ドラマとは違いアクションシーンがなく、謎解きと心理サスペンスに重点をおいた刑事ものであると説明するため、三谷幸喜さんがサンプルとして書き上げたのが本作『動く死体』であり、この脚本を見て田村正和氏は出演を快諾したようようです。
『処女作にはその作家の全てが詰まっている』とはよく聞く言葉ではありますが、三谷幸喜さんが理想とするコロンボ形式の魅力が集結された傑作エピソードだと感じます。
1話『死者からの伝言』では、女性に対して紳士的に接していた古畑なのですが、このエピソードでは小憎たらしいほど悪い古畑を満喫することができます。従来の刑事ドラマにはあまりない、古畑任三郎の普通の刑事とは違う側面を楽しむことができるのも、犯人・中村右近の深い人間性と、それに魂を入れ込んだ役者・堺正章氏の賜物でありましょう。
特に大好きなシーンが、中盤にある懐中電灯を巡る攻防の場面です。罠に次ぐ罠であり、ここまで意地悪なやつは中々お目にはかかれない。言葉にならない犯人を演じる堺正章さんの演技は絶品でした。刑事と犯人の見事な丁々発止のやりとりを堪能できます。
なんといってもこのエピソードで忘れられないのが、犯人はなぜ早々と犯行現場から立ち去らず「楽屋でお茶漬けを食べていたのか」でした。この理由が最後に明かされることにより、犯人の内面が強調され、より味わい深い人物像が浮かび上がり作品の大きな魅力の1つとなりました。
以上、シーズン1-2話『動く死体』でした。
引用・参考文献
[1]三谷幸喜『古畑任三郎 殺人事件ファイル』フジテレビ出版、1994年 p.46
[2]『ミステリマガジン 2022年5月号』早川書房、2022年 pp.10-11
[3]『シナリオ 1997年2月号』シナリオ作家協会、1997年 pp.49-50
この話では、野崎を殺してしまった中村右近が、野崎の死体を奈落から舞台に運ぶために自ら発注した「すっぽん」をリフト代わりに使っていますよね。
刑事コロンボの「奪われた旋律」という話でも、弟子を殺した作曲家が、弟子がいつも指揮の練習をしていたビルの屋上から転落したように見せかけるため、弟子の死体をリフトに乗せて屋上に運ぶシーンがあるので、もしかしたらこの話も古畑の元ネタかと思ったんですが、この話がアメリカで放送されたのは2000年なので、こっちの方が古畑より後でした。
T-yoko様
>>刑事コロンボの「奪われた旋律」
>>この話も古畑の元ネタかと思った
丁度再放送されておりましたね。犯人の職業、コンサート中の遠隔トリックと見事な出だしから進む個人的に大好きなエピソードです。「動く死体」は、リフトを使用した犯行という点で似ていますよね。『犯人が役者+楽屋での殺人+転落死に見せかける偽装』といった部分から、13話「ロンドンの傘」から着想を練られた可能性もあるようです。