人間ドラマに重心があるエピソードです。古畑任三郎の中でも非常に哀しい話で、見終わった後に胸が痛くなります。最初は束縛される妻が冷血な夫に対しての犯行という目線で進んでいくのですが、ラストでこの価値観が一転します。

データ

脚本:三谷幸喜
監督:関口静夫
制作:フジテレビ
演出:河野圭太
音楽:本間勇輔

本編時間:46分58秒
公開日:1999年5月25日

あらすじ+人物相関図

女流棋士・小田嶋さくら(田中美佐子)は、囲碁教室のテレビ番組にレギュラーとして出演しないかと持ちかけられる。同じく棋士で夫・小田嶋佐吉(小日向文世)に相談するのだが、笑い者になっているだけだと仕事を辞めて専業主婦として家にいるように言われる。夫に縛り付けられたままの生活に困窮していた彼女は、マグライトで佐吉を撲殺する。アリバイ工作を行うと、熱狂的ファンによる強盗から襲われたように偽装したのだった。

人物紹介(キャスト)

今回の犯人:小田嶋さくら
役者:田中美佐子

概要:囲碁棋士の女性。夫の仕事の伝で知り合ったプロデューサーから、テレビでの囲碁教室の解説の仕事を行っていた。正式にレギュラーが決まるが、夫・佐吉から仕事を辞めて専業主婦として家にいるように言われてしまう。唯一外部の人との接点にもなり、仕事に生きがいを感じていたために、束縛の強い夫を殺害した。


今回の被害者:小田嶋佐吉
役者:小日向文世

概要:囲碁棋士の男性。段位は8段で有名な棋士だったようだ。自宅には多数の優勝トロフィーが飾られており、今事件では『天竜戦』『白竜戦』というタイトルのトロフィーを狙った熱狂的ファンによる強盗殺人に見せかけるのに利用された。

かなり几帳面な性格でもあり整理整頓を欠かせない。『ポンヌキ』という猫を飼っており、日ごとに決まった缶詰をあげている。妻・さくらと結婚する前から飼っているようで、姑のような存在である様子。

刑事コロンボからのオマージュ

(1)犯人が犯行後に鏡を見て微笑む。被害者の本当の真意が最後に分かる展開
⇒刑事コロンボ32話『忘れられたスター』

(2)架空の電話でアリバイを作るが話した内容に矛盾が生じてしまう
⇒刑事コロンボ26話『自縛の紐』

(3)着飾った犯人が刑事に手引きされ退場をするラストシーン
⇒刑事コロンボ39話『黄金のバックル』

どこが哀しいのか?

母から貰った大事なネックレスやイヤリングも、「お前には派手すぎる」「お前には似合わないんだ」と返してもらえない。妻がやりがいを感じ、レギュラーを手に入れた番組を、「向いてない」。人と会う機会がなくなってしまうと言うが、「家にいればいい」とのこと。

妻のやることなすことに事細かに指示を出す、挙句、妻の生きがいとなったテレビの囲碁教室までも辞めさせようとする横柄で神経質で嫌な夫。そんな『行動を縛り付けられる哀しい女性が犯人』という冒頭を視聴者は植え付けられます。

こんなひどい夫であるならば殺されても致し方あるまいという、復讐劇にもなるわけですが、いざ警察の捜査が始まると、夫が注意するように促していたミスであっという間に追い詰められてしまいます。古畑にも「全部がいけませんでした」と言われる始末。

最後の晴れ舞台に自室で着替える許可をもらう。化粧台の鏡越しで、自分が出演する番組がちょうど流れる。画面の中でとちってばかりの彼女と、それに重なるスタッフの笑い声。自分の力で番組が取れ、やっと1人前になれたと思っていたのは勘違いなのでした。

夫の仕事を辞めるようにという冷たい発言は、放送を見て心を痛めた彼なりの思いやりから。彼女は道化でしかなかったのに、それにも気が付かないで満足気な表情。自分なりに精一杯おしゃれして、古畑の待つリビングに降りていく。

服装はちぐはぐで、古畑も何とも言えない表情を見せる。夫が服装を制限するのも、服を合わせるセンスが妻にはなかったから。自分を本当に愛してくれていた夫の真意に気付かずに、最後の最後まで空回りした不器用な犯人の哀しい事件だと感じました。

まとめ:当人の幸せを獲得した瞬間でもあるラスト

最後に着飾った犯人を見た田村正和さんの表情が、「なんだこの場違いなドレス姿は!」と、視聴者の気持ちを代弁してくれます。しかし古畑は表情をすぐに戻し微笑むのです。

彼女にとって、他人にどうこう言われようが、本来の自分をありのまま見せることができるようになったという、束縛から解放された瞬間だし、当人の幸せを獲得(尊厳を取り戻す)するエンディングでもあるからです。

夫の愛情は実際かなり束縛的で、家に閉じ込め他者と関係を断たせるのは社会的孤立だし、常に顔色を窺う生活は自尊心や自己効力感を削る。

だから囲碁番組降板を命じられた時、唯一の社会との接点を断たれてしまい、犯人の心の支えは完全に折れてしまったのです。

夫がおらず本来の自分を表現できるようになった束の間の安息を得て、家という牢獄から古畑にエスコートされ導かれる最後は素敵に映りました。

以上、『哀しき完全犯罪』でした。